荒川鹿踊り唄集
荒川部落 無形文化財保存会 著者 木下卯之助
解釈・注記 安部 靖(金津流石関獅子躍第十四代中立 太鼓踊系鹿踊研究家)
1. 参り来てこの馬屋(うまや)を見申せや
鼻革(はながわ)揃いて名馬七十
七十の中に立ちたる鹿毛(かげ)〔陰〕の駒(こま)
御所田(ごしょた)にあがりて足掻きをする
※通例では、「鹿毛の駒」は「黒の駒」。
※通例では、七十疋ではなく七疋とか八疋。
2. 参り来てこの御屋敷を見申せや南上がりに建てた御屋敷
※昔の屋敷は、南上がり北下がりの地に建てられた。
3. とろとろと上がる登楼を見申せや天に上がりて宙〔空〕に輝く
※「とろとろ」→「登楼」という歌詞が、他所の踊りにある。
【回向】
※原文は「いごう」。回向(えこう)が訛ったもの。
4. 参り来てこの御施餓鬼(おせがき)を見申せや香の煙は華やかに立つ
5. 参り来てこの位牌(いはい)を見申せや黄金(こがね)作りの位牌百台
※位牌誉めの歌。「作り」は、原文では「ちりり」。
6. 百台の位牌ほんじ〔梵字〕を読むときは涙流れて読むに読まれぬ
※「ほんじ」→「梵字」ではなかろうか。
7. 七月はもののあわれの月なれや野にも山にも油火がたち
※「油火」とは、油に灯心を浸してともす火のこと。
8. 七月は新墓(にいはか)参りの其の戻り雨も降らぬに霑(しお)る袖かな
※しおるとは、濡れるの意味。ここでは涙を流して袖が濡れたの意。
※「新墓」は、原文では「にはか」。
9. 極楽のつぼ〔壺〕の植え木に何がなる
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)の六字(むつのじ)がなる
※「つぼ」→「父母」という歌詞が、他所の踊りにある。
10. 去年(こぞ)までは余所(よそ)に見たけなはなみどり
今年手に取る禊萩(みそはぎ)の花
※「こぞ」は、原文では「ごじ」。
11. 死出(しで)の山如何(いか)なるお人は踏み初(そ)めて
行く人あれども帰る人ない
※「死出の山」とは、死者が越えていかなければならないといわれる山。
12. 昔こそ歌は三(さん)すじ七(なな)流(ながれ)
あさゆゆうとけさは一れん
【回向終り】
【狂鹿(くじし)】
※最後に踊られる、見せ場的な踊り。
13. 廻れや車(くるま)水(みず)車(ぐるま)おそ〔脱落アリ〕堰(せき)
で止まれよ
※「おそ」のあとにも歌詞があったと思われる。
14. 枡形(ますがた)の庭のかかりはよけれども
黄金(こがね)小草(こぐさ)が足に絡(から)まる
※「かかり」は、「造り」のことではないか。
15. 天竺(てんじく)の岩が崩れてかかれとも心静か遊べ友達
16. 海はど中(なか)なましとり波に揺られそろりたちます
※通例では「なましとり」→「浜千鳥」で、最後は「そうろう(候)」で終わる。
17. さしかさのすまがろくのこまがでたおやこまの折り膝
18. 伊勢が枕かね小拍子かねひとつ枕
※「伊勢が枕」→「伊勢鎌倉」かと思ったが、「伊勢の枕」か。
19. 鹿の子が生まれておちてみちずれてちぢれ綾(あや)の機(はた)織る
20. たに娘立ち寄り聞けや面白や都(みやこ)かねの小拍子(こびょうし)
21. かしわのばんばむらむらざしきししききりをこまかに
22. 我が国に雨が降り雲がたちわれやふけや横雲
23. 寺々のあいのしょうじ後(あと)に引け我等(われら)後に引かばよ
24. 面白や何がくると出てみれば燕(つばくら)羽返(はがえ)し鶴の羽返し
25. 太鼓の調べきりりと締めてささらばさっとそれで納めろ
※「調べ」は、太鼓を締める紐。
26. 我妻(わがつま)はどこにたてても見逸(そ)れない
金のあしだに銀のさしかさ
※「あしだ」→「足台」か。
【狂鹿(くじし)】
27. 十七はゆ〔い〕わにはさまる子狐(こぎつね)がこれのお庭人を悩ます
※原文の「ゆわ」→「いわ」と思われる。
【投草(なげくさ)】
※踊りの最後に、御布施をいただいた時の歌。
28. 北上の底を流れる軽石(かるいし)は袖も濡らさず取るが大事
29. ささきだいだいほうよ末広く折り目折り目にそだいかさるる
30. 旦那(だんな)様いつもふくしい旦那様
参るたびとて御贔屓(ひいき)下さる
31. まきいたに珠(たま)の盃(さかずき)より据えて
ちんたんころりとかけた腰かな
32. ただいまの酒の肴(さかな)に何がなる
がんの新巻(あらまき)蛸(たこ)鯣(するめ)
祝いのやまびに京のかる梅
※地区により歌詞の肴が変わる。「やまび」→「ヤマメ」か。
33. 十七は綾の襷(たすき)をよりかけておさくまわれや御茶は輝く
34. 此(こ)の宿(しゅく)は如何(いか)な宿だと人いわば
人に情けをかけた宿なり
※原文に「すく」とあるが、歌詞からして「宿」である。
35. 此(こ)の宿(しゅく)は縦は十五里横七里
入り端はよく見て出るに迷わじ
※原文に「入れは」とあるが、歌詞からして「入り端」である。
36. いち神の四本柱は白金(しろがね)の
まして楔(くさび)は黄金(こがね)なりけり
※「いち神」とは、天一神のことか。
37. いち神のたしたくまてはないがわの人にみられるくまてではない
38. 検断様(けんだんさま)二階櫓(やぐら)で昼寝する
金の枕で銭の手遊び
※「検断」とは、江戸時代の大庄屋。
39. 検断様(けんだんさま)町のど中(なか)に蔵建てて
月に三度の丸き金とる
40. 此(こ)の橋は少しなれども神の橋
知恵無き御人(おひと)は渡らざるもの
41. これからは白く見えるはしまつづじ華と見えるは櫓(やぐら)とのばら
42. 寺掃除硯(すずり)すげはらごじ廊下
大門(だいもん)までには御経(おきょう)遊ばし
※「すげはら」→「煤払い」、「ごじ」→「御寺」か。
43. 参り来てこの大門(だいもん)を見申せや
白金(しろがね)造りの関(せき)の閂(かんぬき)
閂の門の扉を押し開き入れて見たれや花の御酒(ごしゅ)ある
※原文の「ごしゅ」を「御酒」と読んだが、違う可能性も。
44. あの山にたんこころりと鳴く蝉は鳴りを静めて歌のりそ聞く
45. とろとろと上がる登楼を見申せや天に上がりて宙〔空〕に輝く
※原文に「ちゅう」とあるが、「そら」ではないか。
46. 参り来てこれの御屋柄(おやがら)を見申せや
八つ棟造りの葺(こけら)ぶき
こけらの上に生(お)いた唐松(からまつ)
もと繁々(しげしげ)と生いた唐松
47. 参り来てこの御内裏(おだいり)を見申せや
石突(いしづき)揃いてやり槍は五万本
五万本の槍を揃えてたつときは
四方は近し是(これ)のごそうたい
※「ごそうたい」は「御所帯」か。
【牝鹿狂い(めんじしぐり)】
※中立(なかだち)と殿立(しだち)2疋が、牝鹿の奪い合いをする踊り。
48. 中立(なかだち)の腰に指したる糸柳(いとやなぎ)
枝挿(さ)し揃い腰を休めろ
※糸柳とは枝垂れ柳の別名。
【殿立(しだち)の歌】
※鹿踊りの役に殿(しんがり)があり、中立(なかだち)に対して殿立(しだち)と表記される。
49. 思う(おも)鹿が鹿にも道をもみだされ
これの御庭(おにわ)影にあるもの
【中立(なかだち)の歌】
50. 奥山の笹の中の牝鹿(めんじし)ごは
北諸座敷(もろざしき)つまを尋ねろ
※原文の「めんじしご」の「ご」は、「子」か。
【案山子(かかし)の歌】
※かかしを立てて踊る。
51. これの御庭に銀の柱が七本たち錦(にしき)もたち綾もたちまし
52. 松島の松にからまる蔦(つた)の葉が縁(いん)がなりそろり離れろ
※「縁がなり」は、原文では「いんがなり」。「御縁でなければ」という歌詞も、他所の踊りにある。
53. 白鷺は後(あと)を惜しんで発(た)ちかねた白鷺は発てや白鷺
※三番目の「白鷺」→「後を惜しまず」という歌詞が、他所の踊りにある。